食事を変えたのは二〇一五年の十一月です。妻の体のことがわかって、その日から台所の中身が変わりはじめました。
ただ、正直に書くと「最初の一週間」は二回あります。何もわからないまま手を動かしていた十一月と、十二月の末に本格的に切り替えてからの一週間。今回はその両方を、思い出せるかぎり書き出してみます。
十一月、何もわからないまま台所に立った
この時期の私は、何が正しいのかまったくわかっていませんでした。とりあえず本を何冊か買って、そこに書いてあったニンジンジュースを作ろうとしました。ゲルソン療法という言葉を知ったのもこのころです。
使ったのは自宅にあった普通のミキサーです。結果から言うと、うまくできませんでした。繊維が残って、ジュースというより粗いすりおろしのようなものになる。搾るための道具と、砕くための道具は別物なのだと、このときはまだ知りませんでした。
この時期に実際に食べていたのは、こんなものです。
- 朝:ミキサーで作った、ジュースになりきらないニンジン
- 昼:かぼちゃとニンジンのスープ
- 夜:ごはん、味噌汁、納豆、サラダ
今から見ればずいぶん中途半端です。動物性のものはまだ残っていたし、調味料も以前のままでした。それでも、何かを変えなければという気持ちだけで手を動かしていました。
この一か月のあいだに、道具を少しずつ買い集めました。妻が家を空けているあいだに、台所を作り替えておこうと考えていたのだと思います。
十二月末、ここからが本当の一週間
年末に妻が帰ってきて、そこから本格的に切り替えました。決めたのは次の四つです。
- 動物性食品をすべて抜く
- 添加物を限りなくゼロに近づける
- 精製されたものは処分する
- 塩を使わない
最後のひとつが、いちばんこたえました。
台所から消えたもの
白い砂糖、白い小麦粉、白米。精製されたものはすべて処分しました。調味料も、棚にあったものを一度すべて出して、新しく買い直しています。十年間、東京で調理の仕事をしていた人間が、自分の台所の調味料を全部入れ替えたわけです。
捨てたものと、しまい込んだものがありました。捨てたのは開封済みのもの。しまい込んだのは、未開封のいただきものなど、どうしても捨てられなかったもの。結局そのほとんどは、何年か後に処分することになります。
無塩の味噌と醤油を、一か月かけて探した
塩を抜くと決めたとき、いちばん困ったのが味噌と醤油です。減塩ではなく無塩のものが欲しかった。
結論から言うと、あります。売っています。ただ、近所のスーパーにも自然食品店にも並んでいません。私が見つけたのはYahoo!ショッピングで、味噌と醤油はそれぞれ別の店の別の商品でした。たどり着くまでに一か月かかっています。
ややこしいのは、当時買っていた味噌が今は探しても出てこないことです。醤油のほうは別の商品が見つかります。この手のものは扱いが安定しないので、見つけたら少し多めに買っておくくらいでちょうどいいのだと思います。
調味料をどう揃えたかは、それだけで話が長くなるので、あらためて別の記事にまとめました。
玄米は福岡から取り寄せた
主食は玄米にしました。近所で買えるものではなく、福岡から発芽前玄米を取り寄せています。
炊くときは、玄米に小豆と十五穀米を混ぜていました。これは今も続いている形です。玄米だけで炊くより食べやすく、見た目にも寂しくなりません。
最初の一週間、実際に食卓に出ていたもの
ここからが本題です。切り替えてからの一週間、うちの食卓に並んでいたのは、だいたい次の三つでした。正直に言うと、毎日ほとんど同じです。
一、玄米(小豆と十五穀米入り)
これが主食です。浸水にどれだけ時間をかけるかで出来が変わります。この話は炊飯器の記事で詳しく書きます。
二、野菜のポタージュ
玉ねぎを、甘みが出るまでじっくり火にかけます。油は使いません。焦げつきそうになったら水を少し足す。これを繰り返して、玉ねぎが色づいて甘くなるまで待ちます。
ここを急ぐと、味のない汁になってしまう。塩も油も使わない料理では、この一手間だけが味の土台です。
そこにかぼちゃ、ニンジン、じゃがいもを加えて、水で炊く。柔らかくなったらミキサーにかけて、なめらかにします。
味付けはしません。それでも甘い。かぼちゃとニンジンと玉ねぎの甘みだけで、じゅうぶん飲めるものになります。最初の一週間で「これはいけるかもしれない」と思えた、数少ない料理でした。
三、大皿のサラダ
これが量としては一番多かったと思います。とにかく種類を入れました。
- 葉もの:サニーレタス、レタス、水菜、春菊、ルッコラ
- 野菜:セロリ、ブロッコリー、パプリカ、紫キャベツ、トマト、きゅうり、西洋エシャロット、スプラウト
- コクを足すもの:アボカド
- 上からかけるもの:白ごま、黒ごま、フラックスシード、ヘンプシード、ニュートリショナルイースト
ドレッシングは使いません。アボカドのコクと、種子類の脂、それにニュートリショナルイーストの風味で食べます。紫キャベツを入れるのは色のためでもあります。味を足せないぶん、見た目で食欲を作るしかない。
加熱したものが欲しいときは、きのこを数種類使いました。きのこは火を入れると香りが立つので、塩がなくても輪郭が出ます。
味をつけないで作るのが、いちばん難しかった
調理の仕事をしていたと書きましたが、そこで身につけた技術のかなりの部分は、塩と油と火の使い方です。その塩を抜くというのは、道具を半分取り上げられて厨房に立つようなものでした。
最初の数日は、作ったものを自分で食べて「これは食事なのか」と思っていました。味がないというより、輪郭がない。何を食べているのかわからない感じです。
ところが、二週間ほど続けたころに変化がありました。舌が慣れてくるのです。
これは我慢の話ではなくて、単純に感覚が変わります。塩気に隠れて感じ取れなかったものが、輪郭を持ってくる。ニンジンにも玉ねぎにも、それぞれ甘みがあることを、四十近くになって初めて知ったような気がしました。
十一年たって思うこと
今の私の食事は、このころとはずいぶん違います。魚は食べるし、夜にはウイスキーも飲みます。当時の自分が見たら怒るかもしれません。
それでも、あの最初の一週間がなければ今はないと思っています。うまくいかなかったニンジンジュースも、味のないポタージュも、全部そこから続いている。
これから始める人に何かを勧めるつもりはありません。ただ、最初の一週間がひどい出来でも、それは普通のことだと言っておきたい。私の一週間目は、繊維の残ったニンジンと、味のしないスープでした。そこから十一年続いています。
そもそもの始まり、妻の検査結果を待っていたころに何を調べていたかはこちらの記事に書きました。
その後、朝の形がどう落ち着いたかは11年つづけている朝のグリーンスムージーに書いています。
なぜこのブログを書いているのかは、こちらに書きました。見ず知らずの人のブログに、私は助けられた。だから自分も残すことにした
この一週間のあと、年が明けてからもう一段厳格なやり方を知ることになります。その話はこちらに書きました。厳格さに絶望した妻を見て、私の中の料理人が動き出した
