五年間、塩を使わなかった。そのとき覚えた味の作り方は、いまも台所に残っている

塩を使わないと決めるまでの話は、別の記事に書きました。決めること自体は、一日でできます。難しいのはその翌日からで、台所に立つたびに「では何で味をつけるのか」という問題がやってきます。毎日です。

先に書いておきます。私はいま、塩を使っています。

最初の五年は、できるだけ厳格にやると決めていました。五年たってから、徐々に緩めていきました。一気に変えたわけではなく、少しずつです。

それでも、あの五年で覚えた味の作り方は、いまも台所に全部残っています。この記事は、その中身の話です。

最初はレモン汁だった

始めたころ、いちばん使っていたのはレモン汁でした。酸味があれば、塩がなくても味の輪郭ができます。サラダにも、蒸した野菜にも、とりあえずレモンをかけていました。

ただ、レモン汁は保存が利きません。搾って置いておくと香りが飛んでしまうので、その場で搾るしかない。毎日となると、レモンを切らさないように買い続けることになります。

ライムに変えると香りが変わって、それだけで別の料理になります。バリエーションとしては面白い。ただ、ライムは高い。

使う量が減っていった理由を正直に書くと、飽きたからではありませんでした。エンゲル係数が上がったからです。毎日続けるものは、味の良し悪しより先に、続けられる値段かどうかで決まってしまう。これは十一年のあいだに、何度も出てきた話です。

バルサミコ酢に移った

酸の中心は、オーガニックのバルサミコ酢になりました。赤と白の二本を置いています。

使い分けは単純で、色の濃いものには赤、色の薄いものには白。赤のほうが味も香りも強く、白のほうが薄い。素材の色の濃さと味の強さはだいたい一致するので、その程度の目安で足ります。きのこ、根菜、煮込んだものには赤。かぶ、白菜、豆腐のようなものには白。

バルサミコが使えるようになってから、味のバリエーションはかなり広がりました。レモンは酸味だけですが、バルサミコには甘みと香りがあります。一本で二つ三つの仕事をしてくれる。

ひとつ、正直に書いておきます。バルサミコも精製されたものではあります。厳格にやるなら、これも使わないという判断になるはずです。私はそこで線を引きました。オーガニックのものであれば、まだいいかな、と。

この線引きが正しいのかどうかは、わかりません。ただ、どこにも線を引かないでいると、台所のほうが続かなくなります。

昆布と干し椎茸を、粉にする

和風のものを煮るときは、酸ではなく旨味を使います。

昆布と干し椎茸を、粉にして使っています。作り方は難しくありません。よく乾燥させたものをミルで挽くだけです。大事なのは乾燥のほうで、少しでも湿っていると粉になりません。買ってきたものをそのまま挽くより、しばらく干してから挽いたほうが、細かくなります。

私はクイジナートのミルを使っています。使いやすくて、これで十分に作れます。もっと強力な機械があれば早く済みますが、早いだけです。

できた粉は、蓋つきの瓶に乾燥剤か脱酸素剤を入れて保存しています。粉にすると湿気を吸いやすくなるので、ここは手を抜かないほうがいいと思っています。

使い方は、たとえば豆腐と大根を煮るとき、大さじ一杯くらい。だしをとってから煮るのではなく、粉のまま入れてしまいます。出しがらが出ませんし、昆布と椎茸をそのまま食べていることにもなる。旨味の出方も、だしをとるより粉のほうが強い。

野菜のだし汁

洋風のものには、野菜のだし汁を使います。フランス料理でブイヨン・ド・レギュームと呼ぶものです。以前、料理の仕事をしていたころに覚えたものが、ここで役に立ちました。

命はセロリの葉です。味の骨格がこれで決まります。捨てるところだと思われがちですが、葉のほうが香りは強い。

あとはミルポア。玉ねぎ、にんじん、セロリを適当な大きさに切ったものです。これとセロリの葉を水に入れて、三十分ほど煮る。それだけです。

塩は入れません。それでも十分においしい。そのままスープのベースになりますし、野菜を煮るときの水の代わりにも使えます。

ハーブは、生と乾燥を使い分ける

最近はスーパーでも生のハーブが売られるようになりました。助かっています。始めたころは、こうはいきませんでした。

生のハーブは格別です。乾燥のものとは香りの立ち方がまるで違う。ただ、高いのと、保存が難しい。買ってきたら、傷む前にどんどん使い切るくらいでちょうどいいと思っています。置いておくと、すぐに紅葉したような色になってしまう。

毎日使うぶんは、乾燥のホールや粉末で代用しています。全部が置き換わるわけではありませんが、加熱するものなら乾燥で足りることが多い。生は、最後に散らすようなときに使っています。

素材そのものが持っている味

調味料の話ばかり書きましたが、素材そのものの味が強いものもあります。

セロリ、ルッコラ、春菊。それにハーブ。こういうものが一つ入っているだけで、皿全体の印象が変わります。何もかけていなくても、食べたときに味がある。

始めたころ、生野菜が一番きつかった

味付けのないサラダを毎日食べるのは、慣れるまでかなりきついものでした。ここでつまずく人は多いと思います。

私がやっていたのは、フルーツを少し入れることでした。キウイ、パイナップル、オレンジ、グレープフルーツ。どれか一種類で十分です。何種類も入れると、味が散らかります。

もう一つは、蒸すか茹でるかしたサツマイモを、細かくさいの目に切って入れること。これで格段に食べやすくなります。甘みと、噛みごたえと、腹持ちが一度に入る。

どちらも、始めたころにいちばん効いた工夫でした。最初の一年を越えられたのは、この二つのおかげだったと思っています。

十一年で、減ったものと増えたもの

ここまで書いたものは、全部いまも使っています。五年を過ぎて緩めたあとも、道具として残りました。

使わなくなったものを挙げるなら、デーツくらいです。甘みを補うために、当時はよく使っていました。

逆に、使っていなかったのに使うようになったものがあります。塩、オイル、日本酒、みりん、醤油、酢。どれも、自分で選んだものを置いています。

厳格にやっていた五年間は、この六つが台所にありませんでした。いまはあります。それでも、レモンやバルサミコを使わなくなったわけではなく、昆布の粉をやめたわけでもない。増えただけです。

塩の代わりを、一つ探そうとしない

十一年たって思うのは、塩の代わりになるものを一つ見つけようとしても無理だ、ということです。

塩は、味の輪郭を作ることも、素材の甘みを引き出すことも、保存することも、全部ひとりでやっていました。それを何か一つで置き換えようとするから、行き詰まる。

かわりに、酸、旨味、だし、香り、甘み。この五つを別々の道具として持っておいて、その日の料理で組み合わせる。それが私のやり方になりました。

五年続けたものは、体に染みついています。塩を戻したいまも、そう簡単に変わるものではありませんでした。あの五年で覚えたことのほうが、いまの台所を作っています。

始めた最初の一週間に実際に何を食べていたかは、こちらの記事に全部書いています。

その五年が終わってから、私は少しずつ調味料を戻していきました。何を、どういう順番で戻したかはこちらに書いています。

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