私が最初に検索したのは、病名でも、治療法でもなかった。
「がん とは」だった。
2015年の11月。妻が近所のクリニックで検査を受け、その日のうちに紹介状をもらって、大きい病院へ回ることになった。私は仕事をしていて、その検査には付き添っていない。何が起きているのかもよくわからないまま、休憩時間にスマホを開いて、検索窓にそう打ち込んだ。
それから、診断が出て、医師から説明を受ける日が来るまでの二週間ほど。私はずっと調べていた。ここに書くのは、そのあいだに私が検索していた五つのことの記録です。
答えを見つけた話ではありません。何を調べたか、それだけの話です。
1. がんとは何か
四十を過ぎるまで、自分とは関係のない言葉だと思っていた。名前は知っている。ニュースでも聞く。けれど、それが体の中で実際に何をしているのかを、私は何ひとつ説明できなかった。
細胞の話から読んだ。どういう仕組みで増えるのか。なぜ広がるのか。転移とは何を指すのか。用語をひとつ調べると、その説明の中に知らない用語が三つ出てくる。それをまた調べる。そんなことを繰り返していた。
仕事の合間に読んでいたので、まとまった時間があったわけではない。少し空いたときに読み、家に帰って妻が寝てからまた読んだ。
今から思えば、この段階でやっていたのは勉強ではなかった。何もできない時間に、何かをしている感覚がほしかったのだと思う。
2. 同じ状況にいた人のブログ
次に読んだのは、個人の記録だった。
知りたかったのは、教科書に書いていないことだった。検査から入院までがどれくらいの日数なのか。退院までにどんな流れをたどるのか。同じくらいの状況にいる人が、今どうしているのか。制度や手続きの説明は公的なサイトを見ればわかるが、そこで暮らしている人の時間の感覚は、個人の記録にしか書かれていない。
読んでいると、いくつかのブログに行き当たる。
途中で更新が止まっているものがあった。理由はどこにも書かれていない。最後の記事の日付だけが残っている。
本人の書き込みが途切れ、そこから先を親御さんが書き継いでいるものもあった。文体が変わるところで、何が起きたのかがわかる。
読めば読むほど不安になった。それは間違いない。ただ、不安だけではなかった。同じ数だけ、自分が進むべき方向がすこしずつはっきりしていく感覚もあった。これは知っておいたほうがいい、これは自分たちには関係がない。そういう仕分けが、他人の記録を読むことでしかできなかった。
いちばん参考になったのは、自分で食事をあれこれ試して、その経過をそのまま残してくれていた人の記録だった。うまくいったことも、続かなかったことも書いてある。あれがなかったら、私は何から手をつければいいのかわからなかったと思う。
このブログを書いている理由の半分は、たぶんあのときの記事にあります。その話は別の記事に書きました。
3. 予後と生存率
調べました。
生存率という言葉を、自分のこととして検索したのは、あれが初めてだった。
数字は出てくる。統計として、きちんと公開されている。それを見て、私は画面を閉じた。何を見て何を思ったかは、ここには書きません。
ひとつだけ書いておくと、あの数字は集団についての数字であって、目の前にいる一人の人についての数字ではない。それを頭で理解するのと、腹に落とすのとは別のことでした。私は落とせるまでにしばらくかかった。
光の見えない道に迷い込んだ、という感じだった。
ただ、そのなかでひとつだけ決めたことがある。何があっても、どんな結果になっても、後悔だけはしない。自分にやれることは、やれるだけやり尽くす。そう誓った気持ちは、いまでもはっきり覚えています。
そのあと調べつづけていたのは、たぶんそれだけの理由です。
4. 診療ガイドラインと論文
個人の記録をひととおり読んだあと、一次情報にあたることにした。
関係する学会が、診療ガイドラインを公開している。医師が治療方針を決めるときに参照するもので、一般向けに書かれたものではないが、誰でも読める。そこから根拠になっている論文へたどっていった。
用語は調べながらだった。統計の読み方も、そのつど確認した。それでも、書いてあることは理解できた。状況ごとに標準とされる進め方が決まっていること。それぞれについて、起こりうることが数字で示されていること。そして、どこまでが根拠のある話で、どこから先はまだわかっていないのか、その線引きがはっきり書かれていること。
正直に言えば、ここに一番早くたどり着くべきだった。個人の記録を何十本読むより、こちらのほうが早かった。順番を間違えたと思っている。
その一週間後、私は説明の場に付き添った。医師の話は、事前に読んでいた内容とほとんど食い違わなかった。質問すべきことを、あらかじめ手元に書いていくことができた。調べておいてよかったと思ったのは、あの日が最初です。
治療の中身については、このブログでは書きません。人によって状況が違い、決めるのは主治医との話し合いの中でしかできないことなので、私の家のことを書いても参考にならないからです。
5. 食事について
最後に、食事のことを調べた。
まったくの白紙だったわけではない。もともと食べもの関係の本は読んでいたし、東京で十年ほど調理の仕事をしていたので、食材のことは人並み以上に知っているつもりだった。それでも、この状況で何を作ればいいのかは、まるでわからなかった。
「がん 食事」と検索した。ありふれた言葉です。実際に打ちました。
出てきたものは、ここには並べません。ひとつだけ言えるのは、互いに正反対のことを言っているものが同時に上位に並んでいた、ということです。何をどう選べばいいのかがわからず、そこからしばらく混乱することになる。その話は別の記事に書きます。
結局、我が家が実際に台所で何を始めたのかは、食事を変えた最初の1週間、実際に食べたもの全記録にまとめています。
十一年たって思うこと
あのころ検索していた自分に、何か言えることがあるかと考えてみた。あまりない、というのが正直なところです。
調べすぎだと言う人はいると思う。実際そうだったと思う。ただ、あの時間がなかったら、私は説明の場でただ座っているだけだったはずで、それはそれで後から悔いていた気がします。
ひとつだけ、あとから効いたことを挙げるなら、順番です。個人の記録は先に読みたくなるけれど、ガイドラインを先に読んでおくと、その後に読む個人の記録の受け止め方が変わる。どこが一般的な話で、どこがその人固有の事情なのかが、区別できるようになる。
それ以外は、何も言えません。十一年たっても、私はまだ結論を持っていない。
ただ、あのとき誰かが残してくれた記録に助けられたことは、はっきり覚えています。だからこちらも残しておくことにしました。
あれから十一年、朝の形がどう落ち着いたかは11年つづけている朝のグリーンスムージーに書いています。
