前の記事で、妻の検査結果を待っていた二週間に何を検索していたかを書きました。その五つのうちのひとつが「同じ状況にいた人のブログ」で、そこで私は、誰かが残してくれた記録に助けられた、と書いています。
今日はその話を書きます。
ひとりの人の記録に助けられた話と、その記録が、いまはもう読めなくなっているという話です。
前の記事はこちらです。妻の検査結果を待つあいだ、私が検索していた5つのこと
教科書に書いていないことが知りたかった
診療ガイドラインと論文は読みました。知らない用語を一つずつ調べながらでしたが、書いてあることは理解できました。何が標準的な治療とされていて、どういう根拠でそう決まっているのか。そこは一次情報にあたれば分かります。
分からなかったのは、その先でした。
検査から入院まで、実際にどれくらい日があくのか。そのあいだ、家では何をして過ごすのか。病院から帰ってきたあと、食事はどこから元に戻していくのか。台所は誰が回すのか。仕事はどうするのか。買い物の頻度は変わるのか。
こういうことは、ガイドラインには書いてありません。書く必要がないからです。医学の文書は治療について書くものであって、誰かの生活について書くものではない。当たり前のことです。
ただ、あのときの私が知りたかったのは、圧倒的に生活のほうでした。
治療のことは、病院が決めます。私が決められることは、その外側にしかない。外側で何ができるのかを、誰かに教えてほしかった。
調べていたのは、たいてい夜でした。昼間は仕事があります。一日が終わって、家の中が静かになってから、パソコンを開く。そういう毎日でした。
そうやって夜中に読むものとして、個人の記録は特別でした。ガイドラインは正しいけれど、正しいだけです。あの時間に読みたかったのは、同じ場所に立ったことのある人が、そのとき何をどうしたかという話でした。
いちばん助けられた、ひとりの記録
検索を続けるうちに、ひとつのブログにたどり着きました。
書いていたのは二十代の若い方でした。私たちとは違う病気で、年齢も、家族の状況も、何ひとつ同じではありません。それでも私は、その人の記録をさかのぼって、最初から全部読みました。
助けられた理由は、いま振り返ってもはっきりしています。実録だったからです。
その人は、自分で調べて、自分で試して、試した結果までを書いていました。こういう本を読んだ。こういうことをやってみた。やってみたら、こうだった。続かなかったこと、思ったようにいかなかったことも、そのまま書いてありました。手術のあとの経過も、途切れずに続いていました。
「こういう方法があります」と紹介するだけの記事なら、当時もいくらでも見つかりました。私が読みたかったのは、そのあとの「やってみたらこうだった」のほうで、それを書いている人は、驚くほど少なかったのです。
その人は、読んだ本もいろいろ紹介してくれていました。私が食事療法という考え方にたどり着いたのは、そこからです。紹介されていた一冊を買い、その本の中で触れられていた別の本を買い、という具合に芋づる式に読みました。
いま私が台所でやっていることのうち、いくつかは、あのとき読んだ本から始まっています。私が自分で見つけたものではありません。見ず知らずの人が、自分の記録のついでに置いていってくれたものです。
白米をやめて玄米にしたのも、ジューサーを買ったのも、朝にスムージーを飲むようになったのも、もとをたどればあそこに行き着きます。全部が今も続いているわけではありません。三万円以上出して買って、結局使わなくなった道具もあります。それでも、始めるきっかけはあの記録でした。
あの人にしてみれば、自分の一日を書いていただけだと思います。どこかの見ず知らずの中年男が、それを読んで台所を作り替えたことなど、知りようがない。それでも、私の側では実際に行動が変わりました。記録というのは、そういう届き方をするのだと思います。
その記録は、いま読めない
この記事を書くにあたって、探しました。二〇二六年の八月のことです。
出てきませんでした。
サービスの中を検索しても、投稿が見つかりません。ブログを読むためのアプリでも探しました。痕跡のようなものは見つかります。けれど、中身は開けない。
十一年前に私を助けてくれた記録は、いま、誰にも読めない場所にあります。
なぜ読めなくなったのかは分かりません。ご本人が消したのかもしれないし、そうでないのかもしれない。それを詮索するつもりはありません。あの記録は、私のために書かれたものではないからです。
ただ、事実として、もう無い。
前の記事で、更新が止まっているブログのことを書きました。当時の私は、止まっていること自体から勝手に何かを読み取ってしまって、しばらく息が浅くなりました。いま思うことは少し違います。
止まっていてもいい。残ってさえいれば、十一年後の誰かが読めるからです。
私も一度、同じ場所で書こうとした
実は私も、あの人と同じサービスでブログを書いていたことがあります。
レシピと、体にいいと言われていることを少し。そのうち何を書けばいいのか分からなくなって、止めました。なぜ止まったのかは、また別の記事で書こうと思います。
十一年たって、書けるようになったこと
当時の私は、書けないと思っていました。
結論が出ていないのに、人に読ませる文章は書けない。そう思っていたのです。うちのやり方が正しいのかどうか、私には分かりません。分からないものを人前に出すのは無責任だと思っていました。
それから十一年たちました。妻は回復して、いまは普通に暮らしています。私の食事のほうも、最初の五年の厳格なやり方からはずいぶん変わりました。塩も油も使いますし、夜にはウイスキーを飲みます。
それで結論が出たかというと、出ていません。
正解はない、という以外に言えることがない。体は人によって違うし、同じ人でも年によって変わります。何が良かったのかも、正直なところ分かりません。十一年かけて分かったのは、自分の体と相談しながらやっていくしかない、ということだけです。
それでも、去年あたりから思うようになりました。結論がないなら、結論がないと書けばいいんじゃないか。
私を助けてくれたあの記録にも、結論なんて書いてありませんでした。読んだ、試した、こうだった。それだけです。私があそこから受け取ったのは答えではなくて、「やってみた人が実際にいる」という事実のほうでした。
もうひとつ、書こうと思った理由があります。十一年前と比べて、情報の量は増えました。けれど「やってみたらこうだった」を最後まで書いてあるものは、いまも多くありません。始めた話はあっても、三年後、五年後にどうなったかまで残っているものは少ない。
私の場合は、十一年ぶんが手元にあります。厳格にやった五年と、そのあと少しずつ緩めていった六年。緩めた理由も、緩めてどうだったかも書けます。それは、いまの私にしか書けないことです。
それなら、私にも書けます。
書くこと、書かないこと
そういうわけで、このブログで何を書いて何を書かないかを、最初に決めました。ここに書いておきます。
書くこと
- 自分がやったこと。買ったもの、作ったもの、かかった時間と手間
- やってみて、続かなかったこと。三万円以上出して使わなくなった道具の話も書きます
- 効果ではなく、続けられるかどうか。十一年続いたものと、続かなかったものの違い
- 「なぜ」より「どうやって」。理屈より、実際の手順
書かないこと
- 人に勧めること。主語は自分から動かしません。「私はこうした」で止めます
- 病院の治療についての良し悪し。私が口を出す領域ではありません。ここに書くのは台所の話だけです
- 妻の病名や治療の内容。本人の了解は取っていますが、それでも書きません
- サプリメントや健康食品。紹介するのは調理器具、食材、本だけにします
- 他の方のことも、特定できる形では書きません。この記事であの人の病気や年齢に触れなかったのも、そのためです
最後の一つは、この記事を書きながら決めました。妻については書かないと決めておいて、他人については書く。それは筋が通りません。
おわりに
このブログが誰かの役に立つのかどうかは、私には分かりません。うちでやったことが、他の家で同じように意味を持つとは思っていません。
ただ、十一年前にあのブログを見つけたときの私は、答えを探していたわけではありませんでした。同じような場所に立って、自分の頭で考えて、実際に手を動かした人がいる。その形跡が見たかっただけです。
だから私は、あのとき自分が探していたものを、ここに置いておくことにします。
実際に何を食べていたかは、こちらに書きました。食事を変えた最初の1週間、実際に食べたもの全記録
