五年たって最初に戻したのは、塩とオリーブオイルだった

うちの台所には、アルチェネロの有機全粒粉スパゲッティーニがいつも置いてあります。一・四ミリ。塩を使っていなかった五年のあいだも、ずっと同じものでした。

だから、パスタが食べられなかったわけではありません。トマトを煮て、玉ねぎと一緒に長めに火を入れて、水分を飛ばす。塩を入れなくても、トマトそのものの酸と甘さで食べられます。あれはあれで、よく作りました。

作れなかったのは、オイルで食べるほうのパスタです。にんにくと唐辛子とオリーブオイルと、塩。四つのうち二つが手元にない。あれは代わりが利きません。

五年が終わって、最初に台所へ戻ってきたのは、塩とオリーブオイルでした。体のことを考え直したからでも、そろそろ緩める時期だと判断したからでもありません。ペペロンチーノが食べたかったからです。

味の作り方については別の記事に書きました。この記事は、そのあとの話です。何を、どういう順番で戻したか。

先に戻ったもの、あとから戻ったもの

最初の五年は、できるだけ厳格にやると決めていました。そう決めていた、という事実だけ書いておきます。

五年が過ぎてから戻したものを、順番に並べるとこうなります。

先に戻ったもの——塩、オリーブオイル、醤油、味噌、酢。この五つは、ほとんど間を置かずに戻ってきました。

あとから戻ったもの——ごま油、こめ油、日本酒、みりん、砂糖。こちらは数か月にひとつずつ、そろそろこれも要るか、という感じで増えていきました。

並べ終えてから気づいたことがあります。先に戻ったのは、皿にかけるもの、つけるもの、味そのものを決めるものでした。あとから戻ったのは、料理の途中で使うものです。日本酒もみりんも、煮物という作り方が戻ってこないと出番がありません。塩とオリーブオイルは、目の前の一皿にかければそれで効く。

意識して分けたわけではありませんでした。食べたいものから順に手が伸びたら、結果的にこの順番になっていた、というだけです。

酢だけは事情が違います。五年のあいだもバルサミコは使っていました。ただ、あれは割高です。毎日のサラダに使うには続かない。だから普通の酢を並べて置くようにしました。戻したというより、足した、という感覚に近いです。

醤油だけ、二年空いていた

ひとつだけ、空白のある調味料があります。醤油です。

塩を使わないと決めていたころ、食塩不使用の醤油を探して使っていました。三年ほど使って、やめました。何か足りない味だったからです。その探し方と、やめた話はこちらに書いています。

そこから五年が終わるまで、二年ほど、醤油のない台所でした。納豆には何もかけません。混ぜて、そのまま食べます。慣れると、これはこれで食べられるようになります。

いま使っているのは海の精の旨しぼり醤油です。味噌のほうは、まるやの有機赤だし八丁味噌。

食塩不使用のものを探していたころ、味噌と醤油は別々の店の別々の商品として見つけました。ひと月かかりました。十一年たって、そこは何も変わっていません。いまも味噌と醤油は別のメーカーのものが並んでいます。どちらか片方に揃えたことは、結局一度もありません。

量は戻らなかった

戻してみて、いちばん意外だったのはここでした。

瓶を買ってきて、さあ五年ぶりだと使ってみたら、書いてある分量では濃すぎたのです。だいたい半分以下。それで満足できました。

いちばんはっきり数字で出たのがパスタです。ゆで汁の塩分は一パーセントが目安、とよく言われます。二リットルのお湯に二十グラム。あの量で作ってみたら、しょっぱくて食べられませんでした。半分の〇・五パーセントにしたら、ちょうどよかった。

しかも、ソースには味をつけていません。オイルとにんにくだけで、あとはゆで汁の塩分だけです。それで足りていました。

五年やったことは、こういう形で残るのだと思いました。禁じていたものが解禁になっても、舌のほうが元に戻っていない。もう一度あの量に慣れ直すには、たぶんまた何年かかかります。そうしようとは思いませんでした。

塩は三種類を回している

いまは三つの塩を回して使っています。

  • 海の精 ほししお
  • 恵安の塩
  • セル・ファン・ナチュール(ゲランドの微粒塩)

選び方は単純で、買うときの値段の相場で決めています。三つとも味が違うので使い分けたくなりますが、実際に決めているのは値段のほうです。

ひとつだけ例外があって、海の精は高いので、あまり料理には使いません。ゆで野菜にそのままかけるとか、切っただけのトマトにふるとか、塩の味がそのまま出てしまう場面だけに使います。鍋に入れて煮てしまうなら、その差はわかりません。

いい塩を全部の料理に使う、というのは、うちでは続きませんでした。続かない方法は、いずれやめることになります。

入れ替わりで、消えたもの

戻ってきたものがある一方で、静かに消えたものもあります。デーツです。

砂糖を使わなかったころ、甘みを足したいときはこれを刻んで使っていました。煮物にも、ドレッシングにも入れました。当時はよく買っていたものです。

みりんと砂糖が戻ってきたら、使わなくなりました。やめようと思ったわけではなく、気がついたら買わなくなっていました。ちょうど入れ替わるように消えたので、あとから振り返って、ああそういうことかと思ったくらいです。

私と妻で、減る瓶が違う

戻した調味料を、私はそんなに使っていません。もともと洋食寄りの作り方をするので、日本酒もみりんも砂糖も、出番が少ないのです。オリーブオイルと塩と酢とハーブがあれば、だいたい成立してしまいます。

よく使うのは妻のほうです。妻が台所に立つと、煮物になります。かぼちゃを炊く、大根を炊く。ああいう料理には日本酒もみりんも要ります。

同じ台所で、減る瓶が違う。戻したもののうち、どれが自分に必要でどれがそうでもなかったかは、瓶の減り方を見ているとわかります。

五年間、私は寒かった

ここから先は、数字も根拠もない、ただの体感の話です。

厳格にやっていた五年間、私はとにかく寒かったのです。夏でも長袖でした。冷房の入った部屋にいられない。人が半袖でいる横で、上に一枚羽織っていました。

そして塩を使うようになってから、その寒さがずいぶん減りました。妻も同じことを言っていたので、うちの中では話が合っていました。

ただ、これを「塩を抜くと体が冷える」と書くつもりはありません。書けないのです。

当時、同じような食事をしていた人が何人かいました。その人たちから、寒いという話は特に出ませんでした。私と妻の体感が、たまたま似ていたのだと思います。

それに、原因も特定できません。あのころ私の体脂肪率は一桁でした。朝はスムージー、昼も夜も生野菜が中心で、体を冷やすものばかり食べていました。塩なのか、脂肪がなかったからなのか、食べていたものが冷たかったからなのか、いくつ重なっていたのかも、私にはわかりません。

わかるのは、私はあの五年、寒かったということだけです。それは事実として書いておきます。理由をつけずに置いておくのが、いちばん正確だと思います。

戻した理由は、食欲だった

あらためて並べてみると、私が最初に戻したのは、体のためでも考えが変わったからでもありませんでした。オイルのパスタが食べたかった。それだけです。

そして戻したあとも、量は戻りませんでした。五年かけて覚えた薄さのほうが、そのまま居座っています。

厳格にやっていた時期を、なかったことにしたわけではないのだと思います。あれはあれで残っている。残り方が、自分でも予想していない形だっただけです。

始めたころ、最初の一週間に何を食べていたかはこちらに書いています。あそこから、ここまで来ました。

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